海の彼方に台湾を望む、日本最西端の島
八重山諸島の最西端、そして日本最西端に位置する与那国島。 石垣島からさらに西へ約117km、 台湾までは約111km。 晴れて条件のよい日には、海の彼方に台湾の山影を望むこともある 国境の島です。
古くから独自の文化を育んできた与那国島には、 島の言葉「どぅなんむぬい」をはじめ、 与那国織や与那国馬など、 この島ならではの文化が今も受け継がれています。
15世紀には女首長サンアイ・イソバが島を治めたと伝えられ、 その後は琉球王国の支配下へ。 長く人頭税の時代を経験しながらも、 海の向こうの島々との交流を重ね、 八重山の中でもひときわ独特な文化を育んできました。
島の造り手が集まって生まれた「どなん」
どなん酒造の創業は1958年。 与那国島でそれぞれ酒造りをしていた造り手たちが集まり、 合名会社として酒造所を立ち上げたことに始まります。
創業当初は、それぞれが自宅で仕込んだもろみを工場へ持ち寄り、 一つの蒸留器を使って泡盛を造っていたといいます。 同じ島の米と水、黒麹を使いながらも、 造り手によって出来上がる酒の味わいはそれぞれ。 そんな島の酒造りから生まれた銘柄が「どなん」です。
「どなん」とは、与那国島を表す島の言葉。 日本最西端の島そのものを酒名に掲げ、 昔ながらの手仕事による酒造りを受け継いできました。 現在も製麹から瓶詰めまで多くの工程を手作業で行い、 直火式の釜で蒸留する昔ながらの製法を守っています。
長く祖納集落の中で酒造りを続けてきましたが、 2011年には集落を離れた現在の工場へ移転。 設備を整えながらも、 「どなん」の名と島の酒造りは今へと受け継がれています。
MoodToyo's Stocks
現在販売されている泡盛だけでなく、 MoodToyoで長く保管してきた瓶や、 時間を重ねた泡盛もご紹介します。
どなん 30度 (一般酒)【販売中】
瓶詰時期:随時入れ替え
近年のどなんを口にすると、その印象が随分変わりましたね。一昔前の「与那国の海」みたいな荒々しさが 丸みのある柔らかな酒質になったように感じます。 いつ、何が変わったのかは分かりませんが、昔から扱ってきた者としては、素直に「美味しくなったなぁ」と感じる一本です。
どなん 60度 (古酒)【熟成中】
瓶詰時期:----
近年のどなんとはまた一味違った昔のどなんクバ巻き2004年以前の花酒。
Donan 60度 (古酒)【販売中】
瓶詰時期:----
熟成期間も長いので角の取れた口当たりと丸みのある濃厚な甘みが好印象。素晴らしい古酒となりました。
店主の記録
「渡り難い」と書いて「どなん」。 そんな由来で呼ばれるようになったとも伝わる与那国島。 島の人たちは、与那国のことを「どぅなん」と呼ぶ。 かつては流刑の島であったとの話も残っている。
「与那国には、吐いてでも船で行くべし」 何かの雑誌でもそんな紹介を見たことがあるし、 実際に島へ渡った後輩も同じようなことを言っていたな。。。 荒れる海を想像しながら石垣を出た空の船は、 拍子抜けするほどあっという間に着陸した。 なにしろ「0泊1日の旅」で観光と酒造所を回る予定。 船便など選択の余地はない。
思っていたより大きい与那国島。 島を一周する道路は約25km。 海底遺跡、久部良バリ、ティンダバナ…… 観光に時間を取られたうえ、 島の内部へ入ると目印も少なく、目的地探しにも時間を追われた。
ほどなくして「アヤミハビル館」のすぐ近くにある、 いかにも「ザ・工場」という感じの建屋にたどり着いた。 申し訳ないが、2012年当時、 私の「どなん」に対する印象は少々冷ややかなものだった。 「どれほど瓶熟成させても、なかなかまろやかにならない酒」。 そんな印象を持っていたこともあり、 建屋の写真を撮るだけにとどめ、先を急いだ。
どなんには、もうひとつ懐かしい思い出がある。 その昔、空き瓶も貴重な資源だったことから、 島では瓶を何度も何度もリユースしていたという。 そのうち瓶についた無数の傷を隠すため、 「クバ巻き」にするようになった... そんな話を何かの紙面で読んだ。
友人にその話をすると、 「じゃあクバ巻きを買って、中を見てみよう」となった。 「ロマンがあるねぇ」なんて言いながら、 友人が意気揚々とクバを解いてみる。
出てきたのは、傷ひとつない「新品」の瓶だった。 あの興ざめした瞬間は、いまだに褪せない。笑
確かに島には風が吹いていたが、 「どなん風」という言葉を知ったのは、それからずっと後のこと。 当時は自衛隊誘致をめぐって島の意見も分かれているように見え、 日本の最西端、そして国境の島が抱える難しい現実を 肌身に感じた旅でもあった。